石橋山の合戦(1180)
治承4年(1180年)8月17日、以仁王の令司により伊豆韮山で挙兵した平氏方の山木を奇襲で破った源頼朝軍は、8月22日小田原の西方に位置し、箱根の山塊が相模湾になだれ落ちる断崖のある石橋山に300余騎で布陣した。一方平氏方は大庭景親、その弟・俣野景久ら3,000余騎と後方からは伊東祐親の軍が攻撃した。

8月23日敵味方が入り混じって戦ったが、頼朝軍は多勢に無勢で壊滅した。頼朝・北条時政らは石橋山の背後にある山中に逃げ込み、木のほこらに隠れた。その時,平氏方大庭方の 梶原景時(後に頼朝の御家人となる)に見つかったが、景時は頼朝を見逃してくれた。8月26日頼朝は、土肥実平と共に真鶴岬から小船で安房に向かい8月29日安房の猟島(カガリジマ)に上陸し、その後精鋭300騎を従え、上総から鎌倉に向かった

                    
 

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